220人が本棚に入れています
本棚に追加
その日、駅まで向かう道で、突然強い雨が降り出した。
大粒な雨がアスファルトを叩きつけている。
まるで昼間の熱を慌てて冷ますかのような、そんな雨。
それとも何かを洗い流し、なかったことにしようとしてるのか。
空の苛立ちを表したような酷い雨だ。
雨は嫌いじゃないけれど、鞄の中にあるものが濡れるのは困るし、駅まではまだ距離がある。
雨宿りをしようかと視界に入った軒先へ駆け込む。
ハンカチを出して雨を拭いながら辺りを見渡すと看板が目に入った。
ブリキと古材で作られた看板に「陽だまり」と言う字とコーヒーカップのマーク
どうやら喫茶店の玄関先に駆け込んだらしい。
(…………陽だまり、懐かしい響き)
メニューは出ていないし、窓は下半分が磨りガラス、上半分はロールスクリーンが下りていて見えない。
営業はしているようだけれど、人の気配は感じられない。
煉瓦造りの壁面に、看板、窓の下の花壇は綺麗に手入れされている。
こだわりのあるコーヒーを出してくれそうな、そんな雰囲気。
見上げると雨は止む気配がないし、入ってみることにした。
ドアノブに手をかけた瞬間、勢いよくドアが開けられ、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。とっさに何かに掴まったものの、顔面がどこかにぶつかった。
フワリと爽やかな汗の匂いと
「大丈夫ですか?」
少年の声…………
ぶつけた鼻を押さえ、ハッとする。
とっさに掴んだのは誰かの腕。
顔を上げると、見知らぬ少年が見下ろしていた。
端正な顔立ちに黒髪、眼鏡の奥に、くっきりとした二重の瞳、そして、白いシャツにネクタイ…………
「ご、ごめんなさい!」
鼻をぶつけたのはその白いシャツの胸で、腕の中に飛び込んだ形になったのだとわかり、恥ずかしくて冷や汗が出た。
「いえ…………」
短く一言返し、少年はすり抜けるように外へ。
とたんに雨音が増し、振り返ると姿がなかった。
落ち着いた外見だったけど、明らかに学生…………高校生くらいに思えた。
掴んだ腕の逞しい感触が指に残る。
耳の奥に声が残り、繰り返される。
知らないはずなのに…………
どこか懐かしいような、心地良さ。
最初のコメントを投稿しよう!