序章 出会い

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ふと、視線を感じて顔を上げる。 目の前、向かい側のホームを見て息を飲んだ。 あの日の少年がいる。 眼鏡越しにこちらを見ている。 目が合ってそらせない。 声が聞こえた気がした。 呼ばれたように思えた。 思わずたじろぎ、一歩後ろに下がった時だった。 背中に何かがあたり、後ろの人にぶつかってしまったかと思った次の瞬間、すごい力で背中を押された。 体が浮く…違う!落ちる! ぞっと青ざめた時にはしたたかに左半身を打ちつけていた。 熱くて、錆びた鉄の上… 線路の上だとわかったけど、左腰が痛くて、動けない。 手をつこうとしたら左腕に激しい痛みが走った。 線路に落ちるなんて、何百何千の人に迷惑をかける。 (どうしよう…こんな時、どうすれば) 焦るばかりで身動き一つとれない。 ホームの上がざわついて駅員さんが何か叫んでるけど、よくわからない。 騒めきを打ち消すようにつんざく警笛に、体に伝わる鉄が軋む振動と眩い光。 轢かれる… 死にたくない! ギュッと目をつむる。 何かがぶつかってくる軽い衝撃。 それに嗅いだことのある匂い。 (この匂い、知ってる) 人は死を目前に走馬灯のように過去を見ると言う。 五感に残る鮮明な記憶や悔やむ思い、愛しい人との思い出… 一瞬にして沢山のものを見るだろうに、自分が最期に感じたのは、全く知らない少年のシャツの匂い。 それも瞬く間に消えた。 ガガガッガーと鈍い音が横を通り過ぎ、錆臭い熱風がぶつかってくる。 何が起きたのか… 電車に体を引き裂かれたのか 腕がない?足がない? 体中が痛くて、怖くて目を開けられない。 「…大丈夫ですか?」 囁くような声が耳元で聞こえ、慌てて目を開ける。 息を切らせた少年の顔が間近にあった。 あの日も聞いた、その声、そのセリフ、眼鏡を通さないその瞳が見つめてくる。 体は抱きすくめられように少年の腕の中だった。 触れた素肌が熱くなる。 胸が高鳴り、震えた。 「…だい、じょうぶ」 片言で返すのが精一杯で指先一つ動かせない。 「それは、何より…」 大きく息を吐いて少年が呟く。 …前に聞いたフレーズ 誰かの口癖? 誰かの…
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