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羽交いじめの腕は解かれなかったが、緩んだ隙間で首をひねって洋莉は頭上をふりかえった。
この状況で相変わらずふざけたことを言っている九龍はしかし、いつになく感情的な表情で洋莉を見下ろしていた。……怒って、いる?
「東堂館長に呼びだされたのよ」
九龍は眉をひそめてそれを聞いた。
「俺が凪を呼びだしたんだ」
「海棠凪?」
洋莉の問いに、九龍の眉間はいっそう険しくなった。
力の失われた腕の中からすりぬけて、洋莉は九龍と向きあう。
「あなたこそどうしていまさら邸を出たのよ。ずっとあの人の言うなりだったくせに。……犯人からの手紙をポストに入れたのも、偽の遺書を私の鞄に入れたのもあなたなんでしょう?」
虚をつかれたような一瞬のあと、九龍はその顔に例の表情を貼りつけた。
謎めいた執事の冷笑――。
洋莉はうんざりして彼を睨みつける。
もういいのよ、その顔は。
「九龍、その顔はやめなさい」
彼がこれまでずっと、海棠凪の命令下にあったことはわかっている。
「やめなさい、九龍。私に、ちゃんと言って。どうして邸を出ていったの」
洋莉は彼の両瞳をしっかりと見据えた。
そこには確かに、母の血筋のおもかげを発見できる。洋莉にはどうしたって、かよっていないものが。
「病院では君を凪から守れない」
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