帰りゃんせ

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 めったやたらに走ったから、家から遠くなったのかもわからない。ただ、そこが自分の暮らしている団地じゃないことはわかった。夕陽に照らされて同じ建物が、延々と並ぶ光景は慣れたものなのに、今はどこか異質だ。同じ顔をした他人でも見ている気分になって、気持ちが悪い。そして、うっと吐き気を催したのは、ここに来るまで――いや、あのハスと会ってから人に出逢わないことに気づいたからだ。さっきから、この夕暮れに閉じ込められたような街には、ずっとハスしかいない。  いや、確かに人の気配はあった。作りかけのカレーの匂い、自転車のベルの音、ほのかに香るタバコ臭さ、窓の中にうごめく親子のシルエット。そう、人の姿が見えたとしても、せいぜい窓越しだ。 「誰かに道を聞こうとしても、人がいなかった。くそ! じゃあ、窓を叩いてでも、人を呼び出せばいいんだ」 「どうかな?」  振り返ると、息ひとつあがっていないハスが、初めて会ったときのように夕陽を背にしている。 「たぶん、そんなことをしても誰も気づかないと思うよ」 「ハス、お前がやってるのかよ! ぼくを家に戻さない気だろ?」 「やだなあ。家に戻りたくない。お母さんが嫌いって言ったのは、健司の方じゃないか? 俺はそう思ってくれないと出てこれないよ」 「なっ!」 「ねえ、そんなに嫌ならさあ、俺に家族をちょうだい」 「――っ!!」 「健司は俺を見たことがあるよね」 「ない。今日、初めて会ったのに!」 「ああ、今の姿じゃないよ。俺はいつもお前の家の桐の小箱に入っているんだ。あの箱の中を見たことがある?」     
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