【戻らない依頼主】

4/13
前へ
/13ページ
次へ
「やっだあ、藤宮(ふじのみや)くん! ますますかっこいいわね! って言うかさ、坂上くんが変わり過ぎよね! 学年じゃ、一、二を争うイケメンだったのに、頭がすっかり淋しくなっちゃってさ! まだ三十代であれじゃ、この先残念過ぎるわよ!」 「──はあ」 その。頭髪については否定はできませんが、肯定もできかねます。 「藤宮くんは、今何してるの!?」 こちらのグループの何人かは、なかなか元気のある方が多かったと思い出しました。 「横浜の小さな商店街で、仕立屋を」 「仕立屋?」 「スーツを作ったり、あるいは持ち込んでいただいた服のリメイクも」 「へえええ。羽振り良さそう!」 「いえ、そんな事は。でも今日も営業日ですので、もう帰らせて頂こうと」 「そうなの!? 始まったばっかだよ!?」 「でも、待っているお客様もいらっしゃるかと思うと」 「もお、真面目ね!」 数人の女性に代わるがわる言われ、返答に困っていると。 お酒のグラスを片手に、物静かに立っている女性と目が合いました。 富澤夏都(とみざわ・なつ)、と言うお名前だったのを思い出します。 このグループのメンバーといつも行動を共にしていましたが、なかでもとびきり大人しいタイプの女性でした。それでもメンバーとは気が合うようでクラスが違っても一緒にいたように思います。 「富澤さん、お久しぶりです」 目が合ったので、改めてご挨拶しました。 冨澤さんはぺこりと頭を下げただけでした。 私も頭を下げて、その場を辞しました。     
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加