雪原(せつげん)

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雪原(せつげん)

 雪の日に、足跡のない人影とすれ違っても、声をかけてはいけないよ。  それは雪の幻燈、真夏の蜃気楼のようなもの。在りし日の記憶を映し出す。  彼らには君の姿は見えない。でも、声は過去に届いてしまうから、ご用心……  この地方には珍しく雪が降った日、正太は駅から家までの三十分の道のりを歩いていた。午前中から降り始めた雪は、夕方には止んだが、随分と降り積もった。夕食時に退社したのに、電車が遅れに遅れ、すでに午後十時を回っている。駅前の駐車場に車をおいて通勤しているが、タイヤはスタッドレスではない。諦めて徒歩で帰ることにしたのだった。  十分程歩くと、同じ電車を降りて家路を急ぐ人の姿はすっかり消えてしまった。正太の家は、繁華街から離れた田地にポツンと建っている。東京の大学を卒業したが、長男であるため、実家に戻って就職したのだ。  サクサクサク。表面が凍り始めた雪を踏む。サクサクサク。心地よい音と感触。こんなふうに雪の道を歩くのは、子どもの頃以来だ。足型が鋳型を押し付けたようにくっきり綺麗に残るのが面白い。いつしか正太は夢中になっていた。     
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