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哲学要素に踏み込みそうになったので、永治は気持ちを切り替えた。もっとシンプルに考えれば良い。さきほどまで聞こえていた『釘の声』が聞こえなくなった、ということは答えはひとつだ。
「俺は、あの妙な力から、開放されたんだ!」
すなわち釘の声が聞こえるという怪現象から!
『こっち~!』
「いるのかよ!」
和釘は洗濯機の中から発見された。声が聞こえなかったのは、ちょうど『すすぎ』の時間に突入して機械音でかき消されてしまったからだ。
そして今、永治は智世の前でパンツ1枚で正座させられている。
「えいじ君、お姉ちゃんは悲しいですよ。ポケットの中はちゃんと出しなさいって、えいじ君が一番厳しかったのに!」
永治の膝先には濡れた和釘が置かれている。こいつが声の主だ。
ややひしゃげているところから、自転車に轢かれた例の釘であることが分かる。どうして家に持って帰ってきたのか、永治にはとんと記憶にない。
『2度も助けてもらえるなんて! 大感謝!』
「しかも釘なんて! 洗濯機が壊れたらどうするの! 困るのは私じゃなくってえいじ君だよ?」
ごもっともです、とボソボソ呟くしかない。
「だいたいなんで持って帰ってきちゃったの。納品するんじゃないの?」
繰り返すが、永治は覚えていない。ノイローゼもここまできてしまったか、それとも釘が自ら移動する手段を得たか。
「……お前、なんで来たんだ」
「なんでって」
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