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釘職人だった頃は決して飾ることのなかった指先。これがある限り、姉は職人として復帰しないだろう。なんの益にもならない爪先が永治にとっては忌々しい。
「……姉さん、いつこっちの仕事に戻るんだ」
「今後どうするかは、まだ保留中」
「いつまでニートのつもりだ?」
「ニートって……家事代行してるのに……」
「俺からは頼んでいない。家事がしたいなら旦那の所に帰れ」
「もう別れました。私の今の家族はえいじ君だし」
「なんで、離婚したんだ」
「……それさ、えいじ君に言う必要ある?」
徐々に不穏に傾いていた空気が、永治のダメ押しで一変した。
『怒った顔もかわいい』
釘が妙な茶々を入れてくる。
「黙れ」
「え、聞いてきたのえいじ君なのに」
『違うんです! 今のは僕に言ったことで!』
「釘のくせに俺をかばうな!」
「えいじ君?」
怒ればいいのか不安に思えばいいのか、さすがの智世も困惑している。彼女の大きな目に永治はどう写っているのか。いたたまれなくて互いに目をそらす。
『えいじ君、その、元気だして』
「お前がえいじ君って言うな」
「……じゃあなんて呼べばいいの」
釘の声が聞こえるせいで、空気は悪化の一途をたどる。
「『釘職人さん』とかがいいの?」
「釘なんて!」
ノイローゼだ。これはノイローゼだ。永治は自分に言い聞かせる。自分は疲弊していると。
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