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その小さな身まるごとが、芸術のひとつのようであった。
結局、永治は智世を放っておいて寝床につくことを決める。
明日の出勤で忘れないよう、釘は玄関先に置いている。寝室まではそこそこ距離があるのに、智世を心配して騒ぐ釘がうるさいこと、うるさいこと。
『ええんチセさん、僕に、僕に足があれば!』
釘がクリーチャーになりたいと願っている……今日は悪い夢を見そうだと、永治はげんなりした。
『僕に翼があれば~!』
釘は知識をどれだけ有しているのか、と考えているうちに、とろんと睡魔が忍び寄る。
願わくばこれまでのすべてが夢で、起きた時には釘の声なんて聞こえない身になっていればいいのだが。
『たすけて!』
願望と睡魔がないまぜになったものは、助けを求める声で吹き飛ばされた。
聞き間違いでなければ、確かに智世の声だ。
永治は布団をはねのけると、家の外に飛び出した。
*
「まさかクギ踏むなんてなあ……」
自転車の持ち主がぼやく。
『たすけてくれてありがとうございました』
永治の手の中にある洋釘は、智世に似た声でお礼を言った。
ほんの少しだけ時間を戻る。
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