ぜんぶ釘のせいだ_二稿

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「聞いてえいじ君、今日ね、宅配便の人に『奥さん』なんて言われちゃった!」  甘えるようで、でも媚びてはいない、心地のよい声。 しかし永治はしかめっ面を決して崩さない。 「新妻ごっこはやめてくれ、姉さん」  宗方智世(むなかた・ちせ)は永治の姉だ。 彼女もまた和釘つくりの家業を継ぐ身であり、和釘の先を尖らせる工程がうまく工房でも重宝されていた。  しかしひとりの男が状況を一変させた。 「私、この人と結婚するから!」と言い智世が宗方家を捨てたのはもう何年前のことだろうか。  ふたりの関係について永治は一切知らない。彼に残されたのは「裏切られた」という姉に向けるには稚拙すぎる感情だけだ。  幼少の頃から永治に頼りっきりだった智世。そんな彼女は永治になにを言うわけでもなく家を出ていった。いや、なにかは言った。「彼、投資家だから」そのひとことぐらいか。 「今日のご飯は肉じゃがでーす」  そんな姉がなぜ永治の家にいるのか。離婚したからだ。  あれだけ簡単に家を捨てた姉は、家も両親も焼けた後、のこのこと永治のもとへ帰ってきた。  そして今はハウスキーパーまがいのことをしている。働いている様子はない。 「……先に風呂に入る」 「いってらっしゃあい」     
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