ぜんぶ釘のせいだ_二稿

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 智世は見目が良い。母に似て気も利く。なんでそんな彼女が、旦那の家を出ていったのか。  どうせ帰ってくるなら、永治のノイローゼが悪化する前であれば良かったのに。きょうだいで支え合えば、なんとかなったのかもしれないのに。  思い切りのよい所がある姉は行動が極端で、そこは父に似たのかもしれない。 『ああ~ここどこ~』  ……物思いに耽っていると、思考が中断された。永治の身体がこわばる。 『たすけて~』  釘の声が聞こえる。  ここは工房ではないのに、どうして。  風呂場の鏡にうつった永治の顔は青ざめている。ノイローゼが幻覚の釘をつくりだしている?  永治は己の頬を叩く。正気を保て。冷静に考える。そうだ、和釘を持ち帰ってしまったのかもしれない。そうじゃなければ声が聞こえる理由はない。 『ああっこんなところにいっちゃうと~だめ~!』 「どこにいる!?」  自分の家の危機を感じて永治は風呂から飛び出した。とりあえずタオルで身体をぬぐい声を聞こうとする。 「返事をしろ!」 『ここどこ~わかんない~!』 「ちょっと、えいじ君どうしたの」  エプロン姿の姉が顔を出し「パンツぐらい履いて!」と叱ってきた。 「勝手に入ってきたのはそっちだ!」 「えいじ君のことを思って言ってるのに!」     
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