ノベルジャム2稿(最初の1000字だけ)

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 黄金色のうろこ雲が窓の外一面に広がっている。今日の雲は爬虫類の皮膚みたいにつぶつぶしていて大きさが不ぞろいだ。高層階にある部屋のはるか眼下では遅い午後の日差しを受けた黄浦江(ルビ:こうほこう)の水面がキラキラと揺れながら揚子江(ルビ:ようすこう)に向かって静かに流れていく。寝ぼけまなこの変色龍(ルビ:カメレオン)のように緩慢に動く夕方の川を見ていると、ビデオ会議に疲れた脳が休まった。 「あなた、夕食の支度ができたわよ」台所から妻の声がした。  僕はネクタイを緩めながら振り返る。エプロン姿の妻が僕に微笑みかけていた。何時間も前から煮込まれていた東坡肉(ルビ:トンポーロー)の甘い匂いが鼻をくすぐる。  夜、セーヌ川に花火が上がる。空に飛び散った色とりどりの火花をそのまま振りかけたような向こう岸の夜景からはライトアップされた廃兵院(ルビ:アンヴァリッド)の金色のドームとエッフェル塔が頭を出している。僕と妻はソファーに裸で寝そべりながら花火を眺めている。みだらなヒルに豹変して僕の口に吸いついてきた妻の唇は赤ワインの味がした。下半身の方へと這っていくヒルに僕は身を任せる。ヒルは思うぞんぶん僕の生き血をすすった。  隅田川の目覚めは早い。タイルが朝日をキラキラと照り返す河川敷に沿ってジョギングをする人々が見える。妻の口づけで起こされた僕は、小さな点でしかない地上の人々の動きを目で追いながら寝覚めのエスプレッソを飲む。みそ汁に入れるネギを刻む妻の包丁のリズミカルな音色がキッチンから聞こえてくる。やっぱり朝食は和食に限る。  僕の<クラウドハウス>はそこにもあり、ここにもある。どこの国の都市であろうと、玄関のドアを開けるだけで同じ顔かたちの妻がいつでも出迎えてくれる。まさしくクローン技術の粋だ。彼女たちは毎日定刻にブリーフィングを行って僕に関する情報を同期しているから、どの妻とも話が合う。最後に出た家の状態を完ぺきに整えて僕を待っていてくれる。僕はジェット機で気ままに空を浮遊するちぎれ雲だ。仕事も家庭も僕を一つの場所に縛りつけておくことはできない。
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