1 迷宮屋敷

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1 迷宮屋敷

 右京典子(うきょうのりこ)がインドから帰ってくると、祖父の右京大作が死んでいた。死因は急性心不全。発見時は、死後二日たっていた。まるでアッラーに祈りを捧げるムスリムのように、はげ頭を床に突っ伏した体勢で往生していた。享年九十一歳。  葬儀のためにフランスから帰国したパティシエ見習いの父は、喪主として家族葬を取り仕切ったが、もろもろのことが終わると、「あとは任せた」と言って、またパリ郊外のなんとかというワインの銘柄っぽい名前の町へ戻ってしまった。  母は葬儀に姿を見せなかった。典子が大学生のころに父と離婚して以来、右京家に寄り付かなくなっていた。誰もはっきりとは言わないが、離婚原因のひとつが祖父なのは明らかだった。五十路を過ぎて洋菓子職人を目指した父も相当な変人だが、祖父の奇人ぶりはさらに雲ひとつ超えていた。その常軌を逸した奇行の数々に、親族一同は翻弄されるばかりだったのだ。     
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