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「魔界に転生したら薄焼き卵だった」 そんな一文を書いてから、サトはスマホの電源を切った。力いっぱいぶん投げたら机に当たり、ケースがぐちゃぐちゃに割れた。 そうだ。別に、卵じゃなくても良い。こんなあほな妄想に卵など、贅沢だ。 いっそメタンガスが良いだろう。 主人公はタンクの中で圧縮されたメタンガスだった。 サトが書くつもりもない馬鹿話の中で、人間界から魔界へ転生したメタンガスは、何かに引火して大爆発するのだ。  書くつもりがないので、こんなことを考えるのも阿呆らしいが、一体何に引火したら、よりクソな話になるだろうか。  ああ。同じくメタンガスについた火に引火すればどうだろうか。同類相哀れむ、という言葉を思い付いたが、全く意味がつながらない。しかし……火元は何がいいだろう?  魔界では今、放屁に火をつける芸が流行っているとかはどうだろうか……。それに引火して――? いや、この展開はどうもいまいちだ。盛り上がりなど一切必要ないからだ。 魔界で、ああ、いや、もう別に魔界でなくてもいい。 いや、魔界なんかあるか馬鹿。 とにかくどっかそこらへんで、理由なく主人公はメタンガスに転生する。 そしてなんだかよく分からない町の、一番不潔な店の、一番不潔な便所に、タンクが何故か設置される。 理由などない。 首謀者はいる。   時は満ち、ニコチンとゲロ臭い料理用酒とリストカット依存症の信じられないくらいに醜く太った中年男が大便器に座った。 それを見計らって、魔法少女が現れた。彼女はどっかから転生してきたメタンガスの充満したタンクの栓を開ける。 余談だが、魔法少女というのは彼女が勝手に名乗っている名前だった。 町の者は皆、彼女を「百円ライター」と呼んでいる。彼女は今年三七歳だそうだ。 百円ライターの目論見通り、肥満男は大便の直前に盛大な不快音を響かせ放屁をかました。 その一瞬、百円ライターは町一番の不潔な便所の個室を蹴り破り、どっかからか転生してきたメタンガスの充満したタンクと共に、個室に押し入った。 その日、百円ライターはガススタの店長と服を着たまま生でやりまくったばかりで、割合と簡単にガソリンを大量に入手していた。彼女は全身にそれを被っていた。ドレスアップのつもりだ。 その時、肥満男は、今日五十五本目のシケモクに火をつけた。店の床で拾ったシケモクに。
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