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Aさんがキッチンへ戻ってくると、テーブルの真ん中にリンゴが置かれていた。真っ赤でツヤツヤの表面が美しい、大きなリンゴだ。
あれ、とAさんは思わず声を上げた。おかしい。先ほど、ちゃんと皮をむき、八つ割りにしたはずだ。皿に盛り、ゲームをしながら食べようと思ってスマートフォンを取りに寝室へ行ったその数分の間に、リンゴが元に戻っている。
リンゴの隣にはからっぽの皿が置いてあり、シンクの角の三角コーナーには、切れ切れの皮が――不器用なので繋げてむけないのだ――捨ててある。洗ったまな板とペティナイフが水切りカゴに載せてある。
やはり、自分はリンゴの皮をむいたのだ。
では、このリンゴはいったい何なのだろう。どうして皮がむかれていないのだろう。
Aさんはしばしリンゴとにらめっこして……、
「で、どうしたんです?」
わたしが訊くと、Aさんは、
「もう一度むいて食べたよ」
と、こともなげに言った。
「たぶんね、食べられるのが嫌で、皮をもう一度元に戻したんだと思うよ」
でももう一回むいちゃった、ひどいよね。と、Aさんはけらけら笑う。
「気持ち悪くなかったんですか」
「うん。それに食べてもなんともなかった」
ふと浮かんだ妄想を、わたしはふるふるとかぶりを振って打ち消した。
いやいや、それはそれでとても怖い。
Aさんのむいたリンゴを食べた誰かが、代わりを置いていった、なんて。
終
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