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一つ
「おい、彰人!もっと腰に力を入れろ、腰に!」男声と女声を混ぜて2で割ったような声が空に響く。
「うるせー!何時間やってると思ってんだよ。もう限界……」手に持っていたスコップを放り投げた。スコップが地面に転がるより先に腰が地面に着く。
「ったく。これだから彰人は」
やれやれとため息まじりに呆れた声が聞こえる。だが、なんとこいつは土を掘る作業が始まってから今までの間、一度たりともスコップを持っていない。というか、そもそもこいつにスコップを持てというのは物理的に無理な話である。体が小さすぎるのだ。
ただ、体が小さいと言っても子供だからとかというわけではない。思うに、いたって普通の大きさであるである。つまり、こいつはヒトでない。では何かというと、てんとう虫だ。話すことができるてんとう虫。始めこそ驚いたが割とすぐに受け入れた。いや、正確に言うと受け入れることはできなかった。驚くことを諦めたのだ。この時初めて気づいた。自分は案外めんどくさがりなのかもしれないと。普通受け入れ難いであろう事実を、ものの数分でどうでもよく思えたのだから。
しかし、今スコップを放り投げたのはただ俺がめんどくさがりだからではない。「お前……本当にうるさい。普通に限界なんだ。11時間連続で穴掘り続けるとか正気の沙汰じゃねぇよ」
「7時間だ」
「細かい事はどうでもいい!11時間だろうが7時間だろうがもうほとんど変わらねぇよ。なんでこんなことしなくちゃいけねぇんだ」
「そんなこと僕が知るわけがない。そこにいるフルールに聞けばいいだろ?」
およそ30メートルくらい離れたところにいた少女が穴掘り作業の手を止めて金色の髪をなびかせながら振り返った。
「あら?私がどうかしたのかしら?」
ニコッと微笑んではいるものの笑顔がぎこちないせいか、どこか不穏な空気が感じられる。
「いや、別に何も………」
「嘘つかないでもいいのよ彰人。さっきからあなたたちの声筒抜けだもの」
空気が悪い。フルールが醸し出している空気が。今度もう少し自然な笑い方を教える必要がありそうだと考えた。もっとも、教えたところで素直に実行するかは怪しいところだが。
「彰人!あなた今自分がどういう立場でここにいるかちゃんとわかってるの?どこから来たとも分からない人にこうして仕事あげて衣、食、住ちゃんと揃えられているのは誰のおかげ?あなた一人の力でちゃんと揃えられるっていうのなら別に出ていってもらっても構わないのよ?文句言わないから」
ジリジリと詰め寄られてきたので「すみませんでした」と情けない返事しか出てこなかった。下手なこと言って機嫌を損ねるくらいならプライドなどかなぐり捨ててやる。
「全く情けない」
「テンちゃん。情けないのは別に問題じゃないのよ。根性がないのが問題なの。彰人の場合は特に。穴掘るだけの簡単な作業で文句言ってくる人初めてよ。どうしてこんなやつ主人にしてるのよ」
「しょうがないだろ?僕だってこんな奴だと思わなかったんだよ。それに選り好みできる状況じゃなかったしな」
「‥‥悪かったな、こんな奴で」
「ほんとほんと。自覚あるならもっとちゃんとしたら?」
ちゃんとしろと言われても俺はちゃんとやっている。7時間も穴を掘ったではないか。それにさっきあいつは選り好んで俺を選んだわけじゃないと言っていたが、俺だって好き好んでこんなところにいる訳じゃない。
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