二章

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鑑田主任が来てくれた一時間後に、何とか資料は完成した。 「あー……」 私が疲れ切った声を吐くと、自分の机でパソコン作業をしていた主任がひょいと顔を上げる。 「あ、終わった?」 「何とか……」 「疲れただろう」 「大急ぎで作ったので確認お願いしてもいいですか?」 「いいよ」 主任が快く私の横に寄ってくると、ふわっとムスクの香りが鼻をくすぐる。 「急ごしらえにしては読み易いね……あ、誤字発見。直すよ」 「……!」 私の両肩から、男の人の腕がにゅっと伸びてきた。主任は縮んでいる私に構うことなく、キーボードの上を軽快に走る。 ち、近いんだが。いま私が動いたらものすごく気まずい距離感になるんだがお気付きあそばれないのだろうか。 「あー、ここの文章ちょっと言い回しが……疲れてきてるなこれは」 のほほんと笑ってる場合か、私は画面に顔を向けられないしその言い回しのおかしなことすら確認できない状況なんだが。 「……ん、大丈夫。よくできてたよ」 ようやく主任がキーボードから手を離して、私を解放する。私は錆びたブリキの人形のようにぎこちなく椅子を回転させてやっと彼の顔を直視できた。 「あ、ありがとうございました……」 「ま、課長の目にはどう映るかわからないけどね」 主任は何の他意も無さそうに微笑んでいる。 ……意外にエロいというか……男くさい香りに、動揺を禁じ得ない。
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