三章

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「墨村! いるな!?」 切迫した怒鳴り声のせいで、ぼろぼろと流れていた涙が引っ込んだ。聞いたことのある声だけど、こんな落ち着きがない言い方をする人だっただろうか。 「……鑑田主任?」 私が蚊の鳴くような声で尋ねると、命じるような言葉が返ってくる。 「いるんだな? すぐ開けるから待ってろ!」 ガチャガチャと何かをいじりまわす音が止むと、目の前に息を切らした主任が飛び込んできた。仕事が立て込んでも見せないような険しい顔で、こちらを見下ろしている。 「……つっかい棒に輪を掛けて、ドアノブが雁字搦めに縛られていた……怪我とかしてないか?」 私は座り込んだまま首を横に振る。 「……なんでわかったの」 言いたいことがたくさんあって、でも何から言ったらいいのかわからなくて、やっと出た言葉がそれだった。 「お前、弁当食べるのにお茶しか持って行かなかっただろ。弁当は机の上に置いたまま、いつまでも取りに来ない。おかしいと思ったら海山さんたちが馬鹿みたいに笑いながらその辺歩いてるじゃないか。社長子息として謝るよ。思慮分別のない人を採用させた事実を」 私の涙を(すく)う手が酷く優しい。その手に縋り付くことくらい、許してもらえるだろうか。 「……貴方が謝ることじゃない」 私は主任の手を掴み、自分の顔を押し当てる。ヒンヤリとして、硬い手だった。 「……っ! ……っ!」 「ありがとう」と言いたいのに、言葉じゃなくて涙ばっかり出てくる。 「……普段強がるからこういう時涙が止まらないじゃないか。これに懲りたら、皆が心配する前に『私この人たちと約束なんてしてない』って言わなきゃな?」 揶揄うような笑い声が聞こえると、なんだか安心してしまって、涙はなかなか止まってくれなかった。
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