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華生さんと一緒にエレベーターに乗って経理課まで向かうと、社員が唖然とした顔で迎えてきた。
「すいません、嶋木係長の奥様なんですけどご主人のお荷物を受け取ってもらいたくてご案内しました」
「この度は主人が申し訳ありません。失礼します」
彼女は丁寧に一礼し、室内に踏み入った。私は華生さんを先導しながら係長の机を探す。
「係長の机どこですか?」
「右奥、課長の隣だよ」
「ありがとうございます、華生さん、こちらだそうです」
「恐れ入ります」
透明感のあるソプラノボイスに芯が通ったような錯覚を覚え、思わず振り返ってしまった。
私の後ろをついてくる華生さんの顔つきが、さっき会った時より堅い。
何故だろうか、私たちを見る社員の視線も冷やかな感じがする。
とりあえず華生さんに係長の通勤鞄に貴重品だけ入っているのを確認してもらい、机に広げてあった資料は課長に預かっておいてもらう。
「ご迷惑をお掛けしますが、それでは失礼します」
華生さんが上品な微笑で課長に会釈をし、係長の鞄を抱きかかえて出口に戻る。反対に私が彼女について行っていると、冷酷な声がボソッと耳を刺した。
「よく来れるよね」
私は声がした方向に顔を遣る。誰とも目が合わず誰が言ったのかわからない。
根性悪いな。
私は立腹気味で華生さんの顔を見る。
当の彼女は、涼しい顔で足を進めていた。顔色一つ変えることなく。
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