依頼人、日向詩織

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依頼人、日向詩織

 長年連れ添ってきたエアコンが息をしなくなって久しい。八月の茹だるような暑さの中、飯島静香は椅子に腰かけ、天井を仰いでいる。万年金欠なこの貧乏探偵事務所には、エアコンを直す金すら惜しかった。 「あっつ……」  シャツを脱ぎ、タンクトップ一枚になっても暑さは和らがない。手に持つ団扇で自分を扇ぐ体力すらない。何を考えたか、もう一度エアコンのリモコンを押してみても、物音一つしなかった。 「所長、ただいまー」  唯一の社員である、織田健人が仕事から帰ってきた。二十代前半というだけあって、この暑さの中でも静香より耐えられているようだ。 「って所長! なんて格好してんですか!? 上着てくださいよ!」 「暑いから仕方ないでしょ……夏に上着ろなんて拷問よ……」 「せめて、シャツだけでもいいですから……」  健人が目のやり場に困らせながら自分のデスクに腰かける。簡素な事務椅子が小さく軋んだ音を出した。仕方がないと、静香は立ち上がりそのあたりに脱ぎ捨ててあったカッタシャツに袖を通す。 「……そういえば織田クン。旅行の行き先、見つけた?」  静香はシャツのボタンを閉めながら所長椅子に座り直した。     
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