プロローグ

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 生まれの不幸を呪うのは容易い。しかし、呪ったところで状況が何も変わる訳ではない。そう悟ったのは幼稚園に入った頃であった。母親が何やら平日昼間の訪問者に対応していたのは記憶している。玄関前で延々と訳の分からない事を話し続ける秋口なのに春物のファッションをした主婦。その娘と思われる女の子、その女の子はどこか目が虚ろであった。  それから数日後、妙におめかしをされて2人で人がいっぱい集まるところに行くこととなった。そこには秋口なのに春物のファッションをした主婦、自分とおなじおめかしをされた同年代の幼稚園児や小学生、春物の背広に刈り上げにツーブロックと言った特徴的な髪型の男性、後は背広をしっかり着こなした男性ぐらいだろうか。これらの人々が合わせて50人ぐらいはいたと思われる。  入口前にいた若い男から言われた言葉は今でも覚えている。 「ようこそ! 帝国会館へ!」 幼稚園に入ったばかりでは「帝国」と言う言葉の意味は理解出来なかった。母親はただただこの若い男の明るさに驚いていた。  玄関前の話では「研究生」と言う言葉がちらりと耳に入ってきたので母親は研究生になったということが分かった。その研究生に対する歓迎は度を過ぎる程だった。帝国会館の中に入ると通路の両脇に人が立ち、彼ら全員が微笑みとお辞儀で2人を歓迎した。その光景に母親は先程の若い男以上の明るさを超える驚きを覚えていた。  大量に並んでいたパイプ椅子の中から適当に座ると今度は回りの人間がぞろぞろと寄って母親に「どなたの研究生ですか?」と尋ねる。母は素直に先刻玄関前で対応した人間の名前を言う。 「ああ、桑原(くわはら)姉妹ですか」 どうやらこの集まりは女性に対する敬称が「姉妹」らしい。パイプ椅子に座って待っている間も男性も「兄弟」と呼び合っているようだった。このやり取りがしばらく続いた後に背の高い背広の男が母親に話しかけた。
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