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「本の中にもう一つ世界があるのです。姫様のご先祖は今の私と同じように自分の愛する家族をこの本の中に隠し、紙を作るのにふさわしい場所を探してあちこち放浪しました。ただ、この本の出入りは一回だけなのです。一度出てしまったらもう本の中に隠れることは出来ません。だから私はずっと探しておりました。姫様が一生安全に暮らせる場所を。」 地面に本を置き道化師が唱えました。 「我が愛するものを見せたまえ、紙の間から、森の奥から、本の中から」 森の日差しの中で本からゆっくりと光の粒が昇りたち、姫様が現れました。 王子様はもう一度恋をしました。まじかに見た姫は薄暗い部屋で見た時よりもはるかに美しいと思いました。 「ごきげんよう。あら、こちらの方は?」 「姫、この方がこの国の王子様です。」 「ああ、いつも話してくださる方ね。」 「姫、お初にお目もじ致します。」 最初お姫様は見たこともない男がいることにとても驚きましたが、道化師が大丈夫というように頷いたので王子に対して丁寧にお辞儀をしました。 お姫様と王子様の会話が次第に弾んでくるのを見守っていた道化師は少しずつその場を離れました。 馬のところまで来るとそっと首を撫でながら、寂しい気持ちをぐっと飲みこむのでした。 それから王子様とお姫様は毎晩王子の部屋で話をするようになりました。道化師が本を閉じるのを躊躇うほどに仲良くなっている二人を見て、道化師は引き際だと悟りました。 部屋に戻りベッドに本を置くと、道化師はそっと黒い表紙を撫でました。 「姫様、そろそろお別れです。」 明日は満月。     
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