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私の父は、魔法使いだった。
――というのは、過去の話。私が14歳までのことだ。
父は、長距離トラックのドライバーだった。
人々の生活を支える仕事、と言えば聞こえは良いが、大手物流企業の下請けの下請け――孫請けの零細運送会社の平社員だ。
暦上の日曜日も祝日もなく、昼夜を通して国道と高速道路を縦横無尽に繋いで走る。睡眠時間を削ってでも、引受倉庫から配送センターまで、決められた時刻までに届けなければならない。父の会社は、現在なら間違いなく『ブラック企業』の烙印を捺されることだろう。
休日が不規則で、家族とゆっくり過ごすことが出来ない父だったが、私は大好きだった。
幼稚園のお遊戯会にも、運動会にも来られないし、クリスマスやゴールデンウィークも一緒に過ごした記憶がない。
それでも時たま、幼稚園から帰って父が眠っていると知るや、着替えもそこそこにベッドに飛び込んだ。
目覚めた父はとびきりの笑顔になり、私を抱き締めて沢山キスをした。
「おひげ、くすぐったいよう」
「ああ、すまんすまん」
キャアキャア笑いながら抗議するも、父は無精髭の生えた顔で頬擦りしてくる。
そうして、会えなかった時間を埋めるように、一頻りスキンシップを済ますと、幼稚園での様子や、ママとの普段のやりとりなんかを飽きもせずに聞いてくれた。
「真実、クローゼットを開けてごらん」
「うん」
父が示した扉をヨイショと開くと――。
「うわあ! クマさんっ!」
赤いリボンを首に緩く結んだ巨大なクマのぬいぐるみが、両親のスーツに凭れてお座りしていた。
私は、自分の身長ほどもあるクマを抱き抱えると、父を振り返る。
「パパッ! 何で? 真実がクマさん欲しいって、何で分かったの?!」
アユミちゃんが5歳の誕生日に買ってもらったと自慢していた、大きなクマのぬいぐるみ。それよりも、もっともっと大きくてフワフワだ。
クマさんをひきずりながら、パパの元へ戻る。ベッドに起き上がった彼は、私の頭をクシャクシャと撫でてから、スッと耳に口を寄せた。
「内緒だぞ。実は、パパは魔法使いなんだ」
「――えっ」
「いいか、2人だけの秘密だぞ?」
冗談だと笑おうとしたが、パパがあまりにも真顔で真面目な瞳で覗き込んでくるので、私の笑顔もゆっくり引き下がり――思わず神妙な面持ちで頷いた。
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