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後日、会社からパパの私物が運ばれてきた。私が留学先に戻る前に、どうしても渡したいと、社長が直々に持参してくれたのだ。
「お忙しい中、わざわざすみません」
ママがお茶を出しながら、一礼する。つられて私も無言のまま頭を下げる。
「とんでもない。香田さんには、入社以来ずっと無理を聞いてもらって……こんなに早く亡くしてしまった。本当に申し訳ありません」
社長は、仏壇に焼香した後、改めて私達母娘に向き直り、深々と頭を下げた。頭頂が禿げ、両耳を結ぶ後頭部だけに白髪混じりの髪が残っている。60代後半ながら、父と同じく日焼けした肌には深くシワが刻まれていた。
「これ……車の中にあった私物です」
太くて短い眉の下の小さな一重が、私を捉える。
ロッカーや机の中のものを詰めた段ボールは、先にママに渡していた。それとは敢えて混ぜることなく、A4サイズの茶封筒を私の前に差し出した。
「……私に?」
「はい。これは、あなた宛てだと」
一瞬、ママの顔を見た。小さく頷いたのを確認して、封筒の中身をテーブルの上に広げる。
洋型の白い封筒が3通と、色褪せた2L版の写真が1枚出てきた。
「……これ、あの時の――」
14の秋にコンクールで優勝した時の写真だった。
「香田さんね……発見された時、この写真の方に顔を向けていたそうです。多分、仮眠を取る時は、普段からそうしていたんじゃないかなあ」
グズッ、と鼻を啜る音がした。ママが真っ赤な目をして、ティッシュの箱を引き寄せている。
「あの人、いつも休みの日には、録り溜めた娘の演奏会の映像を観ていたんです。『鳶が鷹を生んだなあ』なんて笑って……」
「ママ……」
ティッシュを何枚も抜いて、涙を押さえている。小刻みに震えるママの膝頭に、そっと触れた。柔らかい温もりの中に、互いの悲しみが溶け出し、喪失感をゆっくり埋めていく気がした。独りなら――きっと、耐えられなかった。
私達は、丁寧にお礼を言って、社長さんを見送った。ママは段ボールの中身の整理を始めた。私は茶封筒を手に、自分の部屋に入った。
白い洋封筒には、たどたどしい筆跡のアルファベットが並び、留学先の住所と高校名、更に私の名前が記されている。切手も貼られて、このまま投函すればいいばかりなのに――パパは止めたようだ。とりあえず1通を手に取り、封を切る。
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