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「はいっ、カット! おつかれさん!」
極度の緊張から抜けきれず、閉じた目を開けることができない。力を込め過ぎたせいで、身体が硬直しているのがわかる。
「今回の主演男優オーディションはこれで終了です。最終候補に残った俳優さんたちだけあって、みんなレベルがかなり高かったです。誰もが主役にふさわしい演技を披露してくれました。主役に選ばれるかどうかは運次第、ってところかもしれません。関係各位で厳正なる審査を行ったうえで、後日、私から通知させてもらいますんで」
今回の映画でメガホンを取る監督の声がフロアに響く。
すべて出し切った。そう心で呟き、椅子から立ち上がる。
役者を目指してから初めて舞い込んできた主役のチャンス。この映画で主演を務めれば、飛躍的に名が轟く。この機会を逃すわけにはいかない。そして、今日のオーディションは、これまでの役者人生のなかで最高の演技ができたと自負できる。
すれ違うスタッフに礼を言いながら出口へと向かう。監督の横を通り過ぎようとしたとき、その視線がこちらに向けられ、監督から肩を叩かれた。
「俺のなかでは、君の演技が最高だったよ」
手ごたえが確信に変わる。主役の座はロシアンルーレットなんかじゃなく、実力で勝ち取ってやる。
まだ全身に直哉が憑依しているのか、恋人の救出に向かうヒーローのような気持ちで、会場から一歩を踏み出した。
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