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ホームの端、青年は私のすぐ隣で電車を待っている。こういうときって声をかけるべきか迷う。馴れ馴れしくするのも変だし、無視するのも失礼な気がする。
モジモジしている私に救いの手。電車が到着した。彼の後に続くようにして私は電車に乗り込んだ。
日課のスマホゲームを起動させたものの、斜め前に座る彼のことが気になり集中できない。彼はぼんやりと車窓からの景色を眺めたり、車内吊り広告に目を向けたりしている。彼から漂う雰囲気は、明らかに他の乗客とは違っていた。
気づけば電車は私の降りる駅に。また私の悪い癖が出た。気になることがあると、確かめずにいられない。彼のことが気になったし、何より閉鎖された石上駅のことが気になった。路線図に載っていない駅。それなのに彼は石上駅までの切符を持っていた。なんで?
気づけば私は閉まるドアを見届けていた。
車内の乗客は私と彼のふたりだけ。彼は相変わらずぼんやりしている。スマホゲームの画面は、私の次の一手を待ったままだ。
車内アナウンスが石上駅の名を告げた。やっぱり石上駅はあるんだ……。電車は今、閉鎖されたはずの駅に停車しようとしている。
ドアが開く。青年は静かに立ち上がり、開いたドアから出ていった。その姿を見て私の胸は高鳴った。まるで彼を尾行しているような罪悪感。彼に見つかったらどうしようという不安。そして好奇心。入り混じった感情に突き動かされるように、私の身体は閉まりかけのドアからホームへと飛び出した。
こんなこと、お母さんに知られたらまた怒られるだろうな。アンタはいつもそうやって、後先考えずに行動するって。母の眉間に浮かぶ皺を思い浮かべながら、降り立ったホームをキョロキョロと見渡してみた。
「あれっ?」
そこには誰もいなかった。先に降りたはずの彼の姿も。
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