98人が本棚に入れています
本棚に追加
お盆還り
「ちょっと、急いでくれませんか……」
いかにも気の弱そうな中年の男、サトナカが前を歩く恰幅のいい男に向かって言った。
「そんなこと言ったって、混んでるんだからしょうがねえだろ! 急いでんのは、おめえだけじゃねえんだ。辛抱しろや」
妻と子供に会えなくなってしまう。一年に一度、盆のこのチャンスにしか、向こうの世界に還ることができないのに。
そのとき、《向こうの世界行き》のホームに大きなアナウンスが響いた。
『今回のお盆還りの列車は定員オーバーのため、次の便が最終となります。ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします』
サトナカは最終列車を待つ乗客を数え愕然とした。車両の定員は50人。前に立つ男までで定員オーバーだ。こっちの世界ではルールは絶対。違反すれば、重い刑が待っている。
「そんなぁ。この日を心待ちにしてたのに……」
「残念だったな」
恰幅のいい男が振り返り慰める。
「俺なんか盆還りしても、なんの楽しみもねぇけどよ。お前さん、そんなに家族のこと大事にしてたんかい?」
「えぇ。そりゃ、もう」
「まだ死ぬような歳にゃ見えねえけど、おたく、なんで死んじまったんだい?」
サトナカの風体を眺めながら男が尋ねた。
最初のコメントを投稿しよう!