お盆還り

2/3
99人が本棚に入れています
本棚に追加
/139ページ
「電車のホームで、誰かから突き落とされたんです。久しぶりに妻と食事でも行こうと、ホームで待ち合わせしてたのですが、結局、妻には会えず仕舞いで」 「それはそれは。余計なこと聞いちまったな」  ボテっと垂れた腹をさすりながら、きまり悪そうに苦笑いした。 「笑顔で暮らしている家族の様子をお盆還りに見るのが、唯一の楽しみだったんです」 「まぁ、仕方ねえな。近ごろじゃ、こっちの世界に来る人間の数も急に増えちまったし。こっちの世界にもいろいろと事情があるだろうしな」  慰めるように語る男をよそに、視線は男の肩越しに向けられた。視線の先には、サトナカの息子が立っていた。 「タカシっ!」  サトナカは息子のそばへと駆け寄る。 「なんでお前がこっちの世界にいるんだ?」  父親の存在に安心したのか、息子は声をあげて泣きだした。 「家の駐車場でボール遊びしてたら、バックしてきた車にはねられて……。気づいたら、こっちの世界にいたんだ」  ひと息で言い終えると、あとはひたすらに泣き声を引きつらせた。 「そんなことがあっていいものか!」  息子を抱く腕に力を込める。 「すみません。まだお名前をお伺いしていませんでしたね」  サトナカは勢いよく立ち上がると、腹の出た中年男に名を尋ねた。 「俺は、島田だよ」 「島田さん。せっかくのお盆還りの機会、非常に頼み辛いのですが──あの」 「わかってるよ。あんたのカミさんの様子を見てきて欲しいってお願いだろ? 家族を思うあんたの気持ちを聞いてると、俺ァ感心しちまったよ。息子さん、大変な目に遭っちまったみたいだから、カミさんも気が動転しちゃってるかもしれねぇしな」  サトナカは首を横に振った。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!