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同業者
慣れた手つきでマジシャンの男が、テーブルにカードを配っていく。酔いも手伝って、バーの雰囲気はやけに謎めいて感じた。
隣に座る友人に誘われてやってきたのは、繁華街の片隅にある名の知れたマジックバー。目の前で一流のマジックが見られるからと背中を押された。気乗りしないまま友人についてきたものの、さっきから呆気に取られっぱなしだ。レベルの高いそのマジックは、評判をはるかに超えていた。友人の隣に座る二人の女性客たちも、ハイレベルなマジックに悲鳴のような歓声をあげっぱなし。その隣に座っている中年の男は、マジシャンの手元を食い入るように凝視している。
「思ってたよりも、すごいよ……」
友人の耳元で呟く。
「だろ?」
友人が得意げに親指を突き立てた。
「今だな。今のタイミングでカードをすり替えたな。なるほどねぇ。よくできてる。雑談をしながら注意を逸らすわけだ」
マジシャンの手元を寡黙に伺っていた中年の男が、いきなり口を開いた。
「はい?」
マジシャンは苦笑いすることなく、冷静に聞き返した。
「いいでしょう。どうやらこのお客様には、タネを見破られてしまったのかも知れない。ですので、次のマジックを」
マジシャンは涼しい顔でテーブルのカードをかき集めると、素早くシャッフルし始めた。丁寧に磨かれた爪が、照明の光を反射している。
マジシャンが次のマジックを始めようと、テーブルにカードを置いた瞬間だった。
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