前編

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そのときだった。 「筑波君。 諦めるのはまだ早いよ」 黒いスーツをビシッと着こなした、美形の若い男性が部屋に入ってきた。 「しょ、所長!」 綾菜は心の内で首を傾げた。 ―この若い人があの話題の所長? 「あ、これは突然失礼しました。 私、所長の『白石 零弐(しらいし れいじ)』と申します」 そう言うと、零弐は綾菜に名刺を差し出した。 「は、はぁ」 「ところでお尋ねいたしますが、不倫相手に心当たりはおありですが?」 そう言われると、綾菜は何かを思い出したように顔を明るくした。 「そう言えば、主人の同僚の永良(ながら)さんが、主人が同じ部署の三井(みつい)さんの家に出入りしているみたいなことを言ってた気が。 主人はいつもオーダーメイドの革靴を履いているんですけど、それを三井さんの家に急遽訪れたときにそれを玄関先で見たとか」 「なるほど。 では、その線で捜査をするとしましょう。 じゃあ筑波君、あとは頼んだ」 「はい!」 そう言うと零弐は入ってきたときと同様に、颯爽と部屋の外に消えていった。
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