終幕世界

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 魔王は自身の傷を修復する手立てはいくらでも持っていたが、他者を癒す術は持っていなかった。攻撃の魔法はそれこそ星の数ほどに扱える。しかし治癒魔法の適正が魔王にはない。  癒しの魔法に長けている側近のドライアドを連れて来なかったことに、魔王は内心で歯噛みした。光魔法に長けた勇者なら、治癒魔法や修復魔法は得意分野だろうと連れてきた。しかし彼は空を修復するどころか、崩落を後押しした。潰れた家に生存者がいるとわかっても、何を考えているかわからない無表情で静観を決め込んだ。傷ついた子供を見ても、眉一つ動かさない。 「なぜ? 助けてどうする」  魔王の予想通り、勇者は子供を助けようとはしなかった。そればかりか今にもこの場で剣を抜き、魔王に斬りかかってくる素振りすら見せる。 「おれたちが殺し合えば、すぐにでもこの世界は終わる。その子も、世界も、すべてが消える。この世界で、子供一人生かしたところで意味はない。こんな意味のない世界は早く終わらせるべきだ」  勇者を名乗る目の前の男に、魔王は苛立ちを募らせた。 「黙れ。この世界はオレの世界だ。オレの好きに、生きてるやつの好きにすべきだ。おまえなら助けられる」 「助けたところで意味がない。じきにみんな消える。早いか遅いかの違いだけだ」 「さっきから意味意味意味って、ごちゃごちゃうるせえな。意味がないから、お前は目の前で子供が死んでくのを黙って見てる気か?」  その瞬間、勇者の脳裏に幼馴染の姿がよぎる。姿と言っても思い出せるのは、瓦礫の隙間から溢れる血溜まりだ。 「……そうだ」  崩落した空の欠片によって家ごと潰れた幼馴染。落下してくる空を窓から見上げたまま、当時の自分はそれを静観した。どうせ終幕を迎える世界なのだから、何をしても無意味だ。勇者である自分は、魔王と戦うことだけを考えればいい。  空が幼馴染の家に突き刺さる。あのとき聞こえた音は、彼女の悲鳴だったのだろうか。悲鳴を聞きながら、勇者は何もせず、潰れた家を眺めていただけだった。  もし、空が落ちてくるのを止めていたら。  もし、守護魔法を発動していたら。  もし、すぐに彼女を助けていたら。  考えてはいけないのに、魔王の紅い瞳が思考を放棄することを許さない。  ああ、そうか。  あのとき聞こえた音は、彼女の悲鳴ではない。勇者の悲鳴だ。
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