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ふと気付いてしまうのと同時に、脳裏で幼馴染が笑う。頬を朱色に染めて、二重の瞳を細めて笑う。桃色の唇は弧を描き、鈴を転がすように笑った。
彼女の笑顔が鮮明に蘇る。
「意味なんてな、なくていいんだよ!」
記憶の海から勇者を引き上げたのは、魔王の苛立ちを含んだ声だった。
「そんなもんは後から付いてくる。ごちゃごちゃ言ってないで、いいからこの子を助けろ」
ついに魔王は勇者の胸倉を掴むと、その目に殺気を宿した。魔王の紅い瞳は爛々と輝き、勇者を捉えて離さない。ここで断れば、魔王は今度こそ殺しにかかってくるだろう。終幕を引く勇者として、それは好都合だ。
その瞳を正面から見据えながら、勇者は右手を動かした。
その手を剣へ伸ばそうとして、しかし気付けば子供の上に掲げていた。
蛍のような淡い緑の燐光とともに、治癒魔法が発動する。治癒魔法はたちまち子供の体を包み、潰れた足すら再生していく。凍ったように白い頬に赤みが戻り、伏せられていた長いまつげが微かに震える。
「ん……あれ、わたし」
子供はゆっくりとまばたきを繰り返すと、魔王と勇者の顔を交互に見上げた。
「ようチビ。痛いとこないか?」
子供は大きな丸い瞳を魔王に向けると、こっくりと頷いた。完全に回復したのを見てとると、魔王は子供を地面に下ろした。すぐ後ろで母親らしき女が、こちらへ向けて駆け出した。
その姿を目に映すと、子供も母親の元に駆け出そうとした。しかし思い出したように声を上げるとその足を止め、魔王の服のすそを控えめに引っ張った。
「あのね、あのね」
「お? どうかしたか?」
魔王はしゃがみ込むと、視線の高さを子供と合わせた。
「ヨジョね。暗くて、とっても痛かったの。おにいちゃんが助けてくれたの?」
「おう。そうだぞ。あー……あと、あいつだ」
笑顔でそう返した魔王は、嫌そうに顔を歪めながら勇者を視界に留めた。その言葉にヨジョが勇者の服のすそをつかんだ。見上げてくる丸い瞳に勇者が怯んでいると、魔王が強烈な睨みを利かせた。ヨジョに見えない位置でその口がしゃがめ、と動く。
魔王の指示に従うのは癪だが、勇者はしぶしぶ腰を落とした。勇者と視線が同じになると、ヨジョは満足したのか口元に緩やかな弧を描いた。
「あのね。えっとね、ありがとうって言いたいの。おにいちゃんたちの、お名前おしえてください」
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