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「名前か? おれはマオだぞ」
すぐさま返した魔王に対して、勇者は難しい顔になった。勇者は自分の名前など持っていない。勇者は勇者。それ以上でもそれ以下でもない。けれど子供の無垢な頼みを一蹴するのも気が引ける。
仕方なしに魔王に倣うことにした。
「…………ユーシャ、かな」
不自然な間が空いた。隣で魔王が鼻で笑う気配がしたが、ヨジョは気にしなかったらしい。
「マオおにいちゃん、ユーシャおにいちゃん、ヨジョを助けてくれてありがとう!」
満面の笑みがユーシャとマオに向けられた。
その笑みが幼馴染の笑顔と重なる。
ヨジョは感謝を告げると、母親の元へと走っていく。思わずその背に伸ばしたユーシャの手を、マオがつかんだ。
「おいおい勇者様。あんな小さな子供に手を出す気か? さてはロリコンか?」
その一言に、ユーシャは抜き放った剣での一閃でもって答える。影の中に溶けることで躱したマオに、光魔法で追い打ちをかけると、マオは瓦礫の山の上に転移した。
「お前はおれが殺す」
「こっちのセリフだな」
詠唱すら必要としないユーシャの魔法が瓦礫の山に殺到する。しかしマオは防御魔法を使わず、瓦礫の頂上で魔法を躱してばかりだ。一方的に勇者が力を放つだけでは、世界に終幕を引くには至らない。
「やる気あるのか?」
攻撃の手を緩めず問うと、危機感のない返答が返る。
「いや、今はねぇな。とりあえず空を直すのが先だ。手伝えよユーシャ」
「また意味のないことを」
ユーシャは呆れながらも、その手を止めた。魔王であれば勇者の猛攻から、逃げ続けることも可能だろう。もちろんユーシャも地の果てまで追い続けることはできるが、いくらなんでも効率が悪い。そこまで労力を要するのは、それこそ無意味だ。
今はない、とマオは言った。ならば今はなくとも、いずれ殺し合いをすることに異論はないのだろう。何より時折向けられる殺気は、まぎれもなく本物だ。だからユーシャは魔王の提案を受け入れる。焦ることはない。自分が勇者で、彼が魔王である限り、殺し合うことは決まっている。
「意味はない、が。いいだろう。ただし必ず、お前はおれが殺す」
そう告げながらも、心のどこかでユーシャは安堵した。まだ、壊さなくて、いい。
わずかに伏せたまぶたの裏に、ヨジョの笑顔が張り付いて離れなかった。
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