終幕世界

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「なぜおれに? 魔王に言われたのか?」 「いいえ、魔王様は昨晩からお戻りになっておりませんので、このことはまだ知りません。私個人が、勇者様にお頼みしているだけです」 「おれが魔族の言うことを聞くとでも?」 「いいえ、そんなことは。ただ」  そこでドライアドは言葉を探すように、視線をわずかに彷徨わせる。スミレの花の蕾でできた、薄紫の瞳が揺れる。木目の頬にツタの絡む指を添えると、指の間からぱらぱらと小さな木片が落ちる。スミレの瞳がようやくユーシャに戻ると、彼女は言葉を続けた。 「ただ、意味もなく、あなたなら助けてくれると思ったからです」 「意味がないことを、おれはしない」 「はい。存じ上げております。これは魔王様のお言葉ではなく、ただの魔族からのお願いに過ぎません。私はあなたにお願いしたかっただけなのです。受けるも断るも、勇者様の御心のままに」  ユーシャが是とも否とも答える前に、ドライアドは玉座横の定位置へと戻っていてしまう。業務を再開したドライアドに背を向けると、ユーシャは玉座の間を後にした。  勇者である自分が魔族の手助けをする必要はない。マオに連れ回されているのは、彼が終幕を引く気になるのを一番近くで待っているに過ぎない。そう言い訳をしながら城内を歩いていると、足はいつの間にか城門へと向いていた。まるで西の森を目指すかのような自身の足取りに、ユーシャは表情を曇らせた。  無意味で、必要のないことだ。  頭ではわかっているのに体が言うことを聞かない。そんな不可思議な現象が、魔王城に来てからしばしばユーシャに起きていた。自壊していく世界で森が枯れようが、ユーシャには一切関係がない。そのはずだ。そう理解している。しかしユーシャの体は浮遊魔法を発動して、西へと赴いていた。
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