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「ええ、アドネは私の自慢の娘でございます。娘は元気にやっていますでしょうか?」
「ああ」
短い返答にも老人は満足そうに笑った。しかし笑っている途中で、その声は苦しそうな咳へと変わっていく。咳き込んだ口からは、周囲に落ちる枯葉と同じ、朱色の木の葉がこぼれた。苦しそうに咳き込む老人の背を、ユーシャは労わるようにさすった。
「大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。我々ドライアドは森と一心同体。この森が枯れることで、同じく我々も弱ってしまうのです」
むせた老人の口からまた一枚、朱色の木の葉がこぼれる。
ユーシャはふと、側近のドライアドを思い出した。アドネという名のドライアド。常に魔王のために忙しなく働く彼女も、体から木くずを散らしていた。いつもなら温かな湿気を含んだ茶色の表皮は無残にひび割れ、声は掠れていた。彼女はこの森で生まれたドライアドに違いなく、老人たちと同じくその身に不調を来たしていたに違いない。
老人の後方では何人ものドライアドが、細く乾いた体で互いを支え合っている。その中には幼い子供の姿もある。子供たちの顔には深い亀裂が刻まれ、それ以上亀裂を広げないようにするためか、その顔に表情はない。
世界を直すことに意味はない。森を直すことに意味はない。ユーシャのその考えは変わらない。ただ。
ただ、子供たちの笑顔を見たいと思った。
それだけだ。この世界には相変わらず意味がないし、この世界で生きる命にも等しく意味はない。けれどユーシャは近くに生えていた木に手を添えた。わずかに触れるだけで木の皮は剥がれ、乾ききった幹は、白骨のような虚しい感触を手の平に伝える。
ユーシャはわずかに目を伏せると、いくつかの植物魔法と治癒魔法を重ねて発動した。
白骨のような枝がわずかに震えると、軋むような音を立てて枝を伸ばし始める。折れた枝の先から新しい芽が伸び、その先に朱い葉を茂らせる。人の腕ほどしかなく、今にも倒れそうだった木の幹が、瞬く間に二回りほど成長する。その巨躯を支えるため、大地の下では太い根が四方に伸び、地面にわずかな隆起をもたらした。
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