終幕世界

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 なんて酷い筋書きだろう。なんて短い物語だろう。けれど誰一人それを疑問に持つ者はいない。だから勇者である私が、この物語に疑問を抱いてはいけない。名ばかりの国王から剣を賜り、鍛冶職人から鎧を贈られ、神官から祝福を受け、私という勇者が旅立つ用意は整った。  私が旅立ち、魔王と戦うことでこの世界が終わる。けれど私は理由を付けて、旅立ちを先送りにしていた。 私が家に閉じこもってもいても、空は砕け、大地は裂け、海は干上がる。 崩落してきた空の欠片が隣の家に落下して、ようやく私は旅立ちを決めた。見る影もないほど無残に潰れた幼馴染の家。瓦礫の山の中から、真っ赤な血溜まりが広がる、かつて家だった瓦礫の中にいた彼女は、瓦礫の下敷きになって死んだ。  幼馴染を一人残してはいけない、という旅立ちを先送りにしていた最後の理由がなくなった。  頬を桃色に染めて、照れたように笑う幼馴染。太陽のように笑う彼女の顔も、もう思い出せない。  重力が狂い、地面が大地から剥がれていく。剥がれた大地からは乾いた土が散り、光を反射すると空中で砂金のように輝く。干上がった海底に残った潮の結晶を風が運び、雪のような銀の風が上空を流れる。世界の残骸による結晶たちで彩られた道を、勇者は進む。 刻一刻と崩壊を進める歩き辛い世界を、浮遊魔法で歩いていく。空中に漂う大地の欠片を踏み砕くと、砂金のような大地の結晶が舞った。私が一歩歩むごとに、世界が細かく砕けていく。世界を壊しながら勇者は歩いた。  ふと、魔法で飛んでいる場合、歩いていると表現していいのだろうかと疑問が湧いた。しかし勇者として戦う知識ばかりを教え込まれた私には、判断がつかなかった。  小さな世界を三日も歩くと、魔族の国にはすぐに辿り着いてしまった。近くを小鬼の群れが歩き、魔狼が闊歩する。けれど誰一人として勇者に目をくれる者はいなかった。みな一様に忙しそうに駆け回り、人間に構う暇すら惜しい様子だ。  終幕に向かうだけの世界で、忙しく何かをする必要があるのだろうか。  思わず思考しかけた頭を横に振る。勇者である自分に、敵である魔族の考えがわからないのは当然だろう。考える必要はない。考えてはいけない。
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