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額から二本の黒い角を生やした男が、魔王であるはずだ。自分と同じく世界に終幕を引く運命を背負った魔王。黒曜石と黒水晶で作られた、精巧な意匠を施された玉座。荘厳ながら冷たい印象の玉座に座しているのが、魔王で間違いない。
その玉座に傲慢に座り、隣には女性の姿形をしたツタと根の森の魔物、ドライアドを側近として置いている。魔王が玉座から立ち上がると、周囲に濃厚な闇の魔力が湧き立つ。魔王は長い漆黒の衣を脱ぐと、側近であるドライアドにそれを手渡した。
「ちょっと出てくる。オレがいない間に高位の水妖たちを集めて、沈黙の湖の水を増やしてきてくれ。また枯れたらしい。それからそこの竜人。ドワーフの鉱山が崩れたから救出に向かってほしいんだが、人員を割けるか?」
玉座の間には絶えず魔族が行き来している。魔王はドライアドに指示を与え、毒竜の鱗を持つ竜人を呼び止めた。勇者はというと、剣の柄に手をかけることも忘れ、その光景を眺めていた。
二言三言やりとりをして会話を切り上げると、魔王は黒い翼を広げた。実体のある翼ではなく、高密度の魔力が翼の形を成したものだ。羽ばたき一つで無数の真空の刃を生み出すことができる殺戮の翼。しかし魔王は真空の刃を生み出すことはなく、夜色の羽を広げながら小走りに勇者へ近付いた。剣をつかみ損ねた勇者の手を捉えると、そのまま城の外へと向かい始める。
「おまえ飛べるな?」
「浮遊魔法なら使えるが」
「どれくらい速度は出る?」
そこで勇者は言葉に詰まった。魔王と朗らかに会話をしてもいいのだろうか、との考えが過ぎるが、勇者は生来真面目な性格だった。質問されたのだから、先にそちらに応じるべきだ。問題はその質問に対する答えを、勇者が持ち合わせていないことだ。
「……わからない」
「なんだと?」
「急いだことがない。どれくらいの速度が出るのか、試したこともない」
「ふうん。まあいい。遅かったら置いていく。全力で付いてこい」
魔王は青空の下に出ると、夜色の翼を広げた。陽光が照らす昼の世界に、魔王の周囲一帯にだけ夜が訪れる。
魔王がたった一度の羽ばたきで天高く舞い上がると、勇者も浮遊魔法を使い、即座に同じ高さまで飛び上がる。一瞬で追いついた勇者に、魔王は少し感心したように目を瞬かせると、口の端を持ち上げてわずかに笑った。
「それなりに早いな。遅れるなよ?」
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