終幕世界

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 笑った顔がその場から消えたかと思うと、遥か前方を夜が飛翔していくのが見えた。 魔王は笑えるのか。  同じ役割を持つはずなのに、自分にはできなかったことを魔王は容易く行った。その事実に微かに衝撃を受けながらも、勇者は開いた差を詰めるべく空を駆る。開いた差を数秒で詰め、夜の隣に並ぶとさらに速度を上げた。浮遊魔法に加え、身を守る防護魔法を身に纏った勇者が過ぎ去ったあとには、淡い白い光が尾を引いた。 割れた鏡のように亀裂が走る青空の中を、白と黒が駆けるように飛んでいく。それを偶然地上から見上げた魔族の子供たちは、双子の流星だとはしゃいだ。  魔王の隣に並びながら、勇者は我に返った。  なぜ魔王に従っているのだろう。  思えば魔王に従う必要はない。むしろ従ってはいけない。目を合わせた瞬間、互いに武器を取るべきだったのだ。風より早く空を飛びながら、剣の柄へと手を伸ばす。  勇者の使命は魔王と戦い、その衝撃でもって世界に終幕を引くこと。  魔王城とは異なり、今なら配下の魔族たちもいない。夜色の翼に光の魔力と共に斬りつけてしまえばいい。柄をつかむ。さあ、あの翼を斬り落とそう。  柄を握る手に力を込めた瞬間、魔王が突如停止した。あまりに急に止まったため、勇者は剣を抜くことより、自身の速度を落とすことに意識を向けざるを得なかった。  魔王より三歩先で止まった勇者の目前は、世界の行き止まりだった。 空が続いているはずのそこには、透明な膜のような世界の殻が広がっている。空色の殻にはぽっかりと穴が開き、その向こうには夜空が広がっている。夜空の中では無数の星々が瞬き、流星が尾を引いて通り過ぎていく。  青空と夜空の境には、透明とも白ともつかない曖昧なひび割れのような境界線が刻まれている。その境界線は青空に縦横に亀裂を作り、見渡す限りの空に広がっている。 青空が割れた先には、夜空があるのか。  勇者は割れた空を、初めて間近で見た。崩壊するこの世界において、空とは砕けて落ちてくるもの。それがこの世界の自然の摂理だ。欠けた空をいちいち気にするような人間はいない。  間近で見た空の亀裂に、勇者は思わず手を伸ばす。 「おい馬鹿!」  その声が響いたのは、手の平が亀裂を撫でたあとだった。触れた箇所から空が脆く砕け、周囲の青空に無数の亀裂が広がる。慌てて手を引くも、一度走り出した亀裂は止まらない。
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