終幕世界

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 ぱきん、とひときわ大きな破砕音を響かせ、空が崩れる。小屋ほどの大きさがある青空が砕け、こんなときばかり正しく機能した重力に従い、落下していく。剥がれた青空には、夜空の穴がまた一つ広がっていた。  空はこうやって崩れていくのか。  勇者は無感動に落下していく空の欠片を見下ろす。その勇者の横を、光のような速さで漆黒の影が通り過ぎた。  魔王が夜色の翼を限界まで広げ、落下していく空の欠片を目がけて飛んでいく。自由落下より速く飛んだ魔王は、空中で空の欠片をつかむと安堵の息をこぼす。体躯の十倍はある欠片を容易く支えるその力は、正しく魔王のものだ。  その一連の流れを眺めているだけだった勇者は、ゆっくりと動き出した。  勇者には魔王の行動が、まるで理解できなかった。空の欠片が落ちていくのを、必死になってまで止める必要などない。落下先でどれだけの被害を出そうが、じきにこの世界はすべてが終わる定め。そこには早いか遅いかの違いしかない。崩落を続ける空を直すことなど、無意味にも程がある。この世界は終わるように出来ている。何もしなくても、自壊を続ける狂った世界だ。直したところで、すぐに崩壊が始まる。  魔王のことが理解できない。理解できないことに、思考を回す意味はない。  空の欠片を空中で捉え、気が緩んだ魔王の背中に向かって勇者は斬りかかった。  魔力を乗せた剣は純白に輝き、その首を跳ね飛ばすべく振り抜かれる。けれど魔王は寸前で勇者を振り返り、上体を反らすことで刃を躱した。返す刃で勇者は再度魔王に斬りかかる。今度は狙いを外すことなく、夜色の片翼を正確に断ち斬った。  触れることすら敵わない魔力の翼も、光の魔力を帯びた剣に刻まれ霧散する。片翼を失い体勢を崩した魔王の手から、空の欠片が滑り落ちる。魔王の瞳がようやく殺気を帯びて、勇者を捉えた。 「おまえ、いきなり何しやがる」  そうだ。それでいい。  強襲に対応される前に仕留めきるべきだったが、本来魔王から向けられるべき正しい殺気に、勇者は満足した。このまま殺し合ってしまえば、世界は無事に終幕を迎える。  けれど勇者の思惑に反し、魔王が殺気を向けたのはその一瞬だけだった。
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