終幕世界

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 剣を構え直した勇者に向かい、魔王は確かに殺気を向けた。常人なら気を失うほどの殺気を一瞬で醸し出し、同じく一瞬で霧散させる。  殺気を失った瞳は勇者ではなく、遥か下方へと向けられる。その視線の先には、地上へと落ちていく空の欠片があった。まさかと勇者が思うのと同時に、魔王は勇者の想定したまさかの行動をとった。  魔王は夜色の翼を瞬きの合間に再構成すると、地上に向かって飛び立った。落下速度に羽ばたきを加え、追いつくはずもない空の欠片を追っていく。すぐさまその背を追おうとした勇者を、無駄だからと切り捨てた思考が妨げる。  なぜ。 「なぜ戦わない」  考えるな、という悲鳴のような声を、頭を横に振ってやり過ごす。眼下の夜空に向けて、勇者も降下を開始した。  空の欠片は大地に落下する際に、石造りの家を下敷きに決めたらしい。灰褐色の石で造られた建物に、空の欠片が落ちていく。まもなく勇者の視線の先で、灰褐色の建物は轟音を響かせながら倒壊した。  中に人はいたのだろうか。  考えそうになって、勇者は首を横に振る。  人が下敷きにされていようと、どういうことはない。終幕を迎える世界は、等しく生き物を消滅させる。だから考える必要はない。助ける必要などない。助けたいと、思ってはいけない。  空が落下を確認すると勇者は速度を落とした。空はすでに落ちてしまったのだから、今さら急ぐ必要はない。  しかし魔王は速度を落とさなかった。  空の欠片は建物一つを巻き込み落下した。その顛末を間違いなく目の前で見届けたにも関わらず、魔王は速度を緩めない。  灰褐色と空色の瓦礫のそばに着地すると、魔王は自身の影を瓦礫の隙間へと伸ばした。影の中であれば魔王の領分。視界に頼らずとも、瓦礫の中の惨状が手に取るようにわかる。魔王はすぐに影の中で小さな息づかいを見つけた。虫のようにか弱い息だが、間違いなく生きている。ならばと魔力を練り上げたとき、先ほどと同じく邪魔が入った。 「手遅れだ」  振り向かずとも相手はわかったが、魔王は怒気を込めた瞳で振り返った。
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