終幕世界

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 魔王の数歩後ろには勇者が立っていた。だらりと下げた両腕に、すでに剣は握られてない。 「助からない」  続く一言は勇者が瓦礫の下の生存者の存在に、気が付いていることを示唆していた。 「いいや、まだ助かる」 「助けて何になる。意味がない」  勇者に斬りかかる気配がないのをいいことに、魔王は自身の影の中に溶けると、そのまま瓦礫の影の中へと消えていった。そこに光魔法の一撃でも見舞うべきなのに、勇者は結局眺めているだけに留まった。  徐々に周囲には獣の耳と尾を持つ獣人たちが集まってきた。彼らは瓦礫の中の様子を気にするばかりで、勇者に気を留める者は一人としていない。獣人たちは混乱の一歩手前で、下敷きになった人の無事を祈った。祈りながら手を動かした。点呼をとり、子供の数が一人欠けていることに気付くと、積み重なる瓦礫を取り除こうと、瓦礫の山へと手をかける。強靭な獣人でも、一つ一つ瓦礫をどかしていたのでは埒があかない。だというのに女も子供も必死になって瓦礫の山をどかし、下敷きになった人を助けようとした。  なぜ必死になるのだろう。  空が崩落するのは当たり前だ。下敷きになった者が死ぬのも当たり前だ。それを助けたところで意味はない。  そのとき勇者の足下の影が膨れ上がり、そこから魔王が姿を現した。獣人たちが一瞬湧き立つが、魔王の腕の中を見るなりすぐさま顔色を失う。  魔王の腕の中では血濡れの子供が目を閉じていた。まだ息はあるが両足は潰れ、血を大量に失ったのか顔には生気がない。傷口は魔法で止血を行ったのか、出血は止まっているが間もなく命の時が止まるのは、誰の目にも瞭然だった。  その子供を、魔王は勇者へと突き出した。 「なんだ?」  勇者は凍ったように眠る子供を一瞥すると、魔王に視線を戻した。 「この子を助けろ」
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