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『この子のコミュニケーション能力には、問題があるかも?』と思わずにはいられなかった。
「じゃあ隣の・・・」
言いかけて、先生は口をつぐんだ。
その子は、大きな丸い瞳に小さな鼻と口、クラスの中でも特に幼く見える。
短めの髪には、他の子がしているような飾りなんかは、一切付けていない。トレーナーにチェックのスカート・・・女の子らしい格好だけど、良く見るとあちこちほつれてるし、胸のキャラクターは色褪せている。気を使ってあげられる人が、近くにいない証拠だ。
その子は、この時間の始まりからずっとうつむいていた。先生は目を伏せた。
『可哀想と言えばこの子だ。この子は、確か・・・』
しかし、先生が目を伏せるのとは反対に、女の子はぐっと顔を上げた。左手に机の上に置いていた原稿用紙を持って。そして右手を机の中に入れ、ある物を取り出して立ち上がった。
「『わたしの宝物』4年3組 山本 睦美。わたしの宝物は・・・」
右手を高らかに上げて、みんなに見えるように、睦美は『宝物』を掲げた。
「このカレンダーです!」
それは、A5サイズの卓上カレンダーだった。周りの子供達は、一様にざわざわした。
「えっカレンダー?誰の?」
「そうゆうんじゃないみたい。景色の写真だよ」
「ほんとうに大切にしてるの?何か落書きとかしてあるよ」
そんな声が収まるのを少し待ってから、睦美はカレンダーを机に置いて、原稿用紙を両手で持った。
「わたしのお母さんは病気で、もう何年も入院しています。お父さんはいつも残業で、帰りが遅いです。もちろん、わたしには言わないけど、入院のお金が大変みたい」
『そうだった。あぁなんて事・・・こんな境遇の子に『宝物』なんてある訳がない』
先生の自己嫌悪は頂点に達していた。しかし、先生は話をちゃんと聞いていない。『宝物』はあるのだ。今は机の上に置かれた、小さな卓上カレンダー。睦美は、作文の続きを読み始めた。
周りの子供達も自分の『宝物』のことを忘れ、睦美の話に耳を傾ける。隣の眼鏡の子は、文庫本を閉じてじっとカレンダーをみつめた。
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