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それは今年の初め、1月中頃の話だった。
夜6時を過ぎた頃、睦美は病院の母の個室にいた。窓から空を見上げて憂鬱気に話す。
「雪降ってきた。積もるかな?もうタイミング悪いな。明日から学校なのに」
「そう、帰り道気を付けてね。お父さんが来てくれるといいけど」
「うん、大丈夫。ちゃんと長靴はいて来たから」
精一杯の笑顔で睦美が振り向くと、ベットの上の母は悲しげにうつむいていた。
「もう学校なのね。冬休みは毎日来てくれて、ありがとね」
「あたしこそだよ。おかげで宿題全部終わったもん」
病室の真ん中に配置してあるテーブルと、その上の文房具を指差して、睦美は笑ってみせた。
・・・自分の前で、娘がいっつも笑顔でいようとしている事を、母は当然気づいている。
「それにさ、また日曜日には来るよ。すぐだよ」
その言葉を聞いて、母は不意に後ろを向いた。それからベット横の棚の上やらをキョロキョロしてから、はっと思い出したような顔をして、ベット横のくず入れに目を落とした。
くず入れの中に、他のゴミはなかった。ただ、卓上カレンダーがひとつ、縦にストンといった感じで入っていた。
母はベットから体を起こして、ぐっと腕を伸ばすとカレンダーを手に取った。
カレンダーには通常、次の年の1月の暦が記載されている。母はそのページを開いた。日曜日を確認するのと同時に、
「また1年過ぎちゃったね。ずっと、どこにも遊びに行ってないね・・・ごめんね」
母の瞳に涙が溢れた・・・まずい!睦美は慌てて、話を変えなきゃって思った。
「あっあっそれ、きれいだね!その写真」
そう言いながら、睦美は母のベットにくっついた。母は改めてカレンダーを見て、季節ごとの写真に気づいた。
「あぁそうねぇ」
カレンダーをめくり、最初のページである1月を開くと、美しい山々と初日の出が輝いている。
睦美も嬉しそうに母に寄り添って、2人で写真を眺めた。2月の雪、3月の菜の花、4月の桜・・・
「きれい、お花見したいなぁ」
・・・しまった!睦美は自分の不用意な呟きに慌てた。バカバカバカ!何言ってんの!?そんなこと言っちゃったら・・・
「そうだね・・・・・・」
その先、母は言葉にならない。手で口の辺りを抑え、頬を真っ赤にして、両方の瞳から、今にも涙が零れ落ちる。
・・・あっあっあっあっ
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