第1章 あの朝の光

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 黒いシャツにカーキ色のパンツを履いている。画面には『名取 連増(なとりれんぞ)』とテロップが出ている。童顔のせいか高校生のような見目をしていた。しきりに瞬きをして、スタッフに与えられた質問にゆっくり言葉を返している。 『名取さんはいつ頃から綾瀬先生のお弟子に?』 『はぁ、まぁ、八年ほど前です』 『高校生の頃からですね』 『はぁ』 『思い出も大層おありのようで』 『はぁ』  やる気のない返事だと思った。本人はそれを自覚しているのかしていないのか、時折首を揺らして頷いていたけれど、その度にガクンと前に頭が落ちて、落っこちやしないか、こちらは心もとない気持ちになった。  写真家の巨匠、綾瀬広樹が亡くなった。まだ五十を過ぎたばかりで、俺とそう違わず、あまりに早過ぎる死だった。男……名取は綾瀬の弟子で、流れている動画は名取が唯一受けたインタビューを使いまわしているようだった。  綾瀬自身が表に出ることはあまりなかったけれど、彼の写真はよく世間に出回っていた。素人の感銘させられる写真で、人物にしろ都市にしろ田舎の風景にしろ、見ているこちらに何か語りかけるような作品を作っていた。  あぁいう写真を撮れる人間は、なにか才能や、特別な能力をもっているのだろうか。俺にはそんな大層なものなどもちあわせていないから、分からない。昔は霊感らしきものがあったから、話のネタにはなったが、なんの得にもならない上に不確かだし、子供の頃は単純に怖かった。  一方で、否応なしに人を感動させる写真を撮る人間がいる。これはどういった神の配分のなのだろう。  心の中で世の道理に毒づきながら、画面を見つめ続けた。青年の膝には古びたノートがある。インタビュアーがそのノートを指差せば、ようやく名取が微笑んだ。  伏し目がちに目を細めて、少しだけ目じりを辛そうに痙攣する。あぁ、大切な人を亡くしたんだなぁとこちらに伝わるような表情だった。目に溜めた涙が落ちてしまうのではないかと不安になったけれど、名取は顔を上げ、いつもの無表情に戻り『昔、頂いたノートです』と呟く。表情が穏やかになったので、遠い過去を思い出していることを察した。
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