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「あの、家族に対する想いとか伝言とか、何一つ書いてないんですけど……?」
俺の問いに、一家は顔を見合わせて、次いでふっと笑い、園崎父が代表して口を開いた。
「妻はね、末期がんだったよ」
「え……」
「早い段階で手の施しようがないとわかっていたんだ。だから、残された時間いっぱい使って、たくさんたくさん話し合った」
「短歌や俳句も、お母さんしか興味持ってなかったけど、一緒に読むようになって私たちまで詳しくなっちゃった」
「もちろん、大事なこともたくさん話したんだ。妻が、残された我々のことを心配することがないように努めたつもりだよ。だから……」
園崎父は、そこで言葉を区切った。いやそうじゃない。それ以上の言葉が、声になり損ねていたのだ。その言は、同じくらい唇を震わせている園崎さんが継いだ。
「だから、お母さんの心残りは自分の辞世の句を残せてないってことだけだったの。私たちも色々協力したけど、やっぱり難しいね」
「そ、そう……ですか」
やはり、踏み込まなければ良かった。こんな話を聞くつもりじゃなかった。こんな顔を、させるつもりじゃなかったのに。
「武藤君、ありがとう」
「え」
園崎さんは、静かに頭を下げた。瞳に涙を溜めていたのが、ちらりと見えた。
「おかげで、お母さんの一世一代の辞世の句が完成したよ」
「俺は何も……もともと出来てたんだし」
「いやいや、君が我々のもとに届けてくれなければ日の目を見ることはなかった。妻が最後の最後に作ったものを、我々家族に届けてくれてありがとう」
園崎父の言葉に、3人はそろって頭を下げた。
お礼を言われるほどのことなど、何もしていないはずだ。だけど……きっと、この人たちにとって大切なことを、俺は届けられたのだろう。
だからきっと、このお礼の言葉を、受けておくのが、いいのだろう。
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