夢枕代理人~わからない手紙~

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 園崎母は、俳句と短歌が趣味だったらしい。  だが教室通いで勉強しても、自分の歌・句を作るのは苦手だったのだ。  そこで、とにかく様々な歌集を読み漁り、引き出しを増やすのだと言っていたとか。  万葉集、古今和歌集、古事記に始まり、様々な古典文学から現代歌人に至るまでの歌集を読んできた――と、園崎一家が教えてくれた。  その結果生まれた”手紙”が、これだ。 『ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』 『世の中の 米と水とを 汲み尽くし 尽くして後は 天津大空』 『散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ』 『よしや身は 蝦夷が島辺に 朽ちぬとも 魂は東の 君やまもらむ』 『熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな』 『心しらぬ人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ名をも惜まじ』 『時知らぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらむ』 『後の世のかぎりぞ遠き弓取りの いまはのきはに残す言の葉』 『春過ぎて 夏来たるらす 白妙の 衣干したり 天の香具山』 『あはれなり わが身の果てや 浅緑 つひには野辺の 霞と思へば』 『益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜』 『たらいから たらいへうつる  ちんぷんかん』 『狩り暮らし たなばた つめに宿からむ 天の河原に 我は来にけり』 『願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ』 『友を得て なおぞうれしき 桜花 昨日にかはる 今日のいろ香は』 『武士の 猛き心に くらぶれば 数にも入らぬ 我が身ながらも』 『我が身いま 消ゆとやいかに 思ふべき 空より来り くうに帰れば』 『来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』 『年ふれば よはひは老ひぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし』 『なかなかに 世をも人をも 恨むまじ 時にあはぬを 身の科にして』 『君が為め 尽くす心は 水の泡 消えにし後は 澄みわたる空』 の 『筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる』 『磐代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば また還り見む』 『それ辞世 さる程さても その後に 残る桜の 花し匂はば』 『黒髪の乱れたる世ぞはてしなき 思いに消ゆる露の玉の緒』 『山深み 春とも知らぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉の緒』 『信濃道は 今の墾道 刈株に 足踏ましなむ 沓はけわが背』 『君待つと わが恋をれば 我が屋戸の 簾動かし 秋の風吹く』  我ながら、まったく意味がわからないながらよく書き留めたと思う。  果たしてこの一家はわかるんだろうか―― 「おおおぉっ! 母さんの好きな歌が満載じゃないか!!」 「やっぱり在原業平好きだなぁ、母さん」 「いや、額田王推しじゃない? でもここはやっぱり辞世の句が一番多いか」 ……すごい盛り上がってる……。
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