淡く、輝く

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「あなたの笑顔をもう一度見たかった」  君は僕の右手に触れながらそっと呟く。僕は確かにその言葉を聞いていたけどどうしようもなく眠たくて返事を返せない。雰囲気で君が微笑んでいることが分かる。そして、君は僕を残してどこかに行ってしまった。  僕は忘れない。ドアノブをひねる音、思いを断ち切るように少し乱暴に閉められた扉の音、消えていく足音。そうか、君は今日ヒールを履いていたんだね。枕元からふわりと香る花、季節は春かな。僕が一番好きな季節だ。確か、君も好きだったはず。僕はもう一切時間が進まないけど季節は変わるんだね。 「ごめんね、ごめんね」  帰ってきた君の声で今日が終わることが分かる。君の細く白い手が僕の首に赤い跡を残す。赤い首輪は日に日に濃くなっていく。君の涙が重力に逆らわずにつつっと落ちてくる。僕は君の頬を撫でてその涙を拭きとりたい。そしてその涙ごと君を飲み込みたい。膨れ上がる欲求は僕の体を動かしてくれそうだけど僕の体は今、地球よりも重く全く動かない。瞼の裏に広がる景色。赤、青、黄色の風船。君の横でふわふわと漂い、風に流され光に照らされ。  僕は、風船になりたい。  するとどうだろう。体がふわりと浮かび上がり、君のそばに立つ。君は僕の体を悲しそうに眺めている。僕は君の頬に手を伸ばす。触れたはずの君はそこにはいない。濡れたはずの指先は濡れていない。 「私の、せいで。あなたは私を」  君はベッドに突っ伏してすすり泣く。グスグス、ごしごし。シーツで拭った目は赤く腫れぼったい。僕がキスしたら腫れが引くだろうか、引いてほしいな。僕の唇が君の目に重なる。腫れはひかないし、君は何にも気が付かないで泣き続ける。僕はただ立ったままで、君が泣いているのを、君がベッドから離れていくのを、君が自分のベッドに潜り込むのを、ただ、ただ見ていた。  満月はきらきら、桜の花びらは街灯にひらひら。君の呼吸に合わせて上下する、布団。その上で弾む希望のカケラ。僕が拾ってもいいのかな?恐る恐る伸ばした右手にしっかりと収まるカケラ。僕はこいつを大切にしよう。まさに君だ。僕は今、君を手にした。眠る君の睫毛がスタンドライトの暖かな光に照らされる。なんだかカケラが薄っすらと輝いた気がした。  
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