淡く、輝く

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 なんだか裕の顔色が悪い気がする。いつもいつも変わらない幸せそうな寝顔なのに。でも裕が眠り始めてから何日経っただろう。気が付いたら太陽が熱くぎらつき、また気が付いたらふわふわと雪が漂っていた。私は裕に何をしてあげられるだろうか。    暖かな朝日が差し込む窓際にスノードロップの花を一輪。光の中で健気に咲いた白く小さな花。裕の顔を写すぐらいに輝く。窓を少し開けると春の匂いが染み込んだ風が吹き抜ける。その匂いは私に希望を与えてくれる。何かが変わる、そんな予感。その予感を胸に留めたままキッチンに向かう。きっと今日は美味しい味噌汁が作れる。でもいつからだろう。裕の分を作らなくなったのは。そうだ、あの日からだ。  その日も暖かな光が私たちを包み込んでいた。どこまでも広がる草原、心地よい風、太陽はきらきら、空はすうっと澄んでいる。裕の笑顔もいつもよりも魅力的だった。 「どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」  裕は私に尋ねた。私は、その左手にそっと私の右手を重ねながら答える。 「いつか、いつかは分からないけど。この瞬間を忘れてしまうのかなと思って」  私の言葉に驚いたのか裕は左手を引いてしまう。私の手から体温が消えていく。そしてもう一度、今度は両手が重なる。 「大丈夫。なぜだか分からないけれど大丈夫」  私もその言葉で何故だか分からないけれど大丈夫だと思えたからいい。裕は鞄からカメラを取り出す。 「ほら、これで大丈夫。忘れても写真があれば何度でも思い出せる」  裕は私にカメラを向けシャッターを切る。そして嬉しそうに親指を上げる。裕は何度も何度も写真を撮った。次第にレンズは私から離れていく。私の方を向いていたレンズは木、花、虫、鳥、山へと被写体を変えていく。今、裕は何を見ているのだろう。いつか、私を見てくれなくなったら?それかそのレンズが曇ってしまったら? 「どうしたの?ツムギ、なんか今日変だよ」  笑いながら裕は私の涙を拭いてくれる。そしてそのまま二人の唇が重なる。 「キスってそんなに素敵なものじゃないんだね。だってお姫様が目覚めたり、王子様が人間に戻ったりしないじゃない」  裕は笑いながらレンズ越しに私を見る。私の後ろで少年が転び赤色、青色、黄色の風船が空高く昇っていく。
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