淡く、輝く

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 私はその日、裕に睡眠薬を飲ませた。静かに穏やかな寝息を立てる裕は少年のように無邪気で少女のように無垢だった。私は、私は?どうして睡眠薬を飲まなかったんだっけ?私の勝手で一緒に死のうって言って、それで裕は眠りについて。  あの日みたいに暖かな空。私はお気に入りのヒールを履いて仕事に向かう。ごめんね、裕。少しの間待っていて。家から数十メートル。公園の中にぼろ雑巾みたいに黒く汚れた猫がいる。まだ幼さが残った鳴き声で私を呼び止める。私は二度、三度その姿を見て無視することを決意する。 「ダメだよ。そんなの。ツムギはツムギらしく生きていかなきゃ」  誰かの声が聞こえてくる。あたりを見回しても誰もいない。ふと空を見上げると遠くに小さくなった風船が見える。誰かが手を放してしまったのかもしれない。あそこまで飛んでいけたらいいのに。私は向きを変えて猫の方に向かう。猫はびっくりしたように逃げようとする。その姿が微笑ましくてつい悪戯に追いかけてしまう。猫は三歩ぐらいで疲れたのか座り込む。抱きかかえると震えているけどどこか安心したような顔に見える。でもそれはきっと私のエゴだろう。猫はきっと嫌で嫌で仕方ないだろう。逃げたい、逃げられないのなら死にたいとさえ思っているかもしれない。 「まずは汚れを落とそうかな。それと何か食べられるものはあったかな」  猫を連れて帰ると裕はいつものようにそこにいた。いた、というよりもあった。まるでインテリアみたいに私の部屋を飾っている。もちろんただいまと言っても何も返ってこない。返ってこないどころか声は吸い込まれていくように消えた。風呂場で猫を洗う。洗うと見る見るうちに白くなっていく。このまま洗い続けるとこの猫は消えてしまうんじゃないだろうか。それぐらい白くなっていく。でも右足は黒いままだ。私はどうせならその足もきれいにしようと少し力を込めて洗う。痛そうな声を上げるけどそれでも力を籠めることをやめない。すると猫は私の手から逃げ出して裕のベッドの下に逃げ込んでしまう。ベッドの下で唸る猫。私はつい猫に向かって呼びかけてしまう。 「ユタカ、出ておいで」  ベッドの下に手を入れてユタカを引きずり出す。手首に引っかき傷が増える。滲む血はユタカの毛に擦れて広がる。血を見ると少し落ち着く気がする。
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