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「さぁ、いこう」
一人の真っ赤な瞳をした少年が声を上げた。それに背中を押されたように、多くの者が我先にと暗闇に射す光へ向かって駆け出す。羊の角をもつ青年はただそれをぼうっと見つめるだけで、何をしようともしなかった。彼には、そこから逃げ出そうとする仲間達の気持ちが少しも理解できなかった。逃げるための目的が今の彼には何一つ無かったからだ。
「クロウ」
少年が彼のあだ名を呼ぶ。彼は首をかしげた。月光が彼の角に反射して少しだけ光った。
「死にたいのか」
「死にたくはー、ないんだけど」
「処分されたいなら止めないぞ」
隷獣は、美しさや珍妙さ、可愛らしさ等が重宝された。それらを競うコンテストも年に数回開かれ、そこでグランプリをとったようなS級品は高値で取引された。特に、安全安心高品質を唱える清澤社の隷獣は、毎年上位に残る。
クロウもまた、そんな清澤社の製品ではあったが、浅黒い肌や、羊という何の変哲も有用性もない種といったことにより、この年まで売れ残ってしまってた。筋骨隆々であったりすれば力仕事位はできたであろうに、肉体的にも中肉中背である。クロウは売れていく仲間達を、ずっと見送り続けていた。
もとよりC級品であった彼の値段は、当初ついていた金額の半額以下の、完全在庫処分扱い。隷獣ショップの不良在庫である彼は、そのまま行けば処分されてしまうことが明らかだった。
そして何より、今まさにショップ中の商品が我先にと逃げ出している中、彼だけが一人残っていたら、どんな扱いを受けるか分からない。他の者達であったら簡単に思いつようなことが全く思いつかないといった風に、クロウはのんびりと首をかしげた。喧騒の中、そこだけ空気がゆったりと流れているようだった。
「そうか、死ぬのは嫌だね、確かに」
彼は、少年の手を掴んだ。そうして、自由の荒波に、特に何の意思も見出さぬままその身を投げ入れた。
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